私が「日本語教育能力検定試験」を受けた理由(2)
前回までの話はこちら。
そのメールは英語で書かれていた。内容はこうだ。
「こんにちは。ホームページを見てご連絡しました。日本語個別レッスンをお願いしたいです。
私はフランス人で、チェコ人の旦那と息子と3人で暮らしていますが、来年から旦那が会社の都合で東京に勤務することになりました。
もちろん私たちも一緒に行くつもりですが、日本に行ったことも、日本語を学んだこともありません。
そこで、個別レッスンを平日4〜5日間、1回3時間していただきたいのです。どうぞ宜しくお願いします。」
私はすぐに見積もりを計算して、舞い上がった。
これで月の収入は倍以上になり、私は晴れて「独立したフリーランスの日本語教師」になれる、と。
事業を起こすとは、これほど簡単なものだったのかと、正直拍子抜けした。
私は二つ返事で引き受け、見積もりと共にレッスンの詳細をメールした。
ところが翌日、こんな返事が返ってきた。
「料金については了解いたしました。引き受けてくれてありがとうございます。ところで、いくつか質問がありますのでお答えいただけますか?
1、あなたの履歴書を送ってください。
2、就労許可(ビザ)はありますか?
3、いつ、またどのようにして、教員免許を得られましたか?
4、なぜチェコに住んでおられますか?
宜しくお願いします。」
用心深いなあ。こんなに慎重になってレッスンを契約する生徒さんは初めてだったが、きっと個別レッスンは初めてだから不安なのだろう。
勝手にそう解釈した私は、履歴書と、ビザの提示、それから教員免許はなくても日本語を教えられるということ、チェコに住む理由も簡単に書いてメールを送った。
履歴書にはもちろん、日本語教育に関することは一切なかった。強いて言えば、大学で少し日本語学を学んだことくらいだったが、専攻というほどのものでもなかった。
日本語教師の「教員免許」というものも確かに存在しない。
私は嘘偽りなく、背伸びもせず正直に書いて、私という人間を信頼してもらおうと思っていた。
しかし、彼女からの返事は思いもよらないものだった。
「履歴書をありがとう。
こんなことを言いたくないけど、正直絶望しました。
あなたの履歴書からは、全くプロとしての資質が感じられません。
それどころか、今までされてきた仕事も、キャリアとは到底言えないアルバイトまがいのものばかりですね。
あなたがチェコにおられる理由も、ただ「彼氏がそこにいる」だけ?なんて浅い理由なんでしょう。
私のように、深刻な理由があって日本語を学びたい人が、きっと他にもいるはずです。
なのにあなたは、資格も経験もないくせにご自分を「先生」と名乗っておられるなんて、恥ずかしくないのですか?
しかも「スケジュールはいつでも空いている」?
ふざけないで。人を馬鹿にするのも大概にしてください。
お返事は結構です。どうも失礼します。」
読み終えてから、私はあまりのことにひどく動揺し、パソコンの前からしばらく動けなかった。
手足は小さく震え、鼓動は早くなり、顔が真っ赤になっていくのを感じた。
侮辱されたことに対して怒りが込み上げた。
しかしその直後、何も誇れるものがない自分の人生を恥ずかしく思った。
また同時に、「先生気分」で事業を立ち上げて生徒からお金を巻き上げている自分が詐欺師のようにも思え、自分への嫌悪感でいっぱいになった。
やっとの思いでパソコンから離れ、ショックで何時間もソファの上で横になった。
これからどうするべきかを考えた私は、今いる生徒たちからお金をとるのをやめた。
レッスンはいつも通り続けるが、お金はとらない。
本当の「先生」になるまで、ボランティアというかたちで勉強させてほしい。と、生徒に頭を下げた。
急なことで困惑していた生徒もいたが、有難いことに協力してくれることになり、理由は聞かないでいてくれた。
それからすぐに、日本のAmazonで「日本語教育能力検定試験」の試験対策になりそうな教材を片っ端から取り寄せた。
試験の存在を知ったのが7月20日で、試験日は10月28日。
迷っている時間はなかった。
続